『他人の理解』は本当に必要?

更新日:4月8日

健康って心と体、両方があってこそ。


本日はメンタルのお話をしていこうと思います。


私が思春期の頃から強く思っていたこと。


『誰も私を理解してくれない』『私を理解してくれる人が重要』。


人付き合いの中で『理解してくれる人』というのが自分の中で大きなウエイトを

占めていました。

そこから沢山の人生経験を経て、今になって思うこと。


『本当の自分って何よ?理解して貰うってそもそも必要?』


自分の思っている自分と人から見た自分は違う、この事実を理解しないまま生きていました。


親にすら、パニック障害や兄との差別に苦しんでいる事実を無視され続けていたのだから、

赤の他人に自分の本質を理解してもらおうなんて、もはやミッション・インポッシブル。



以前、有吉弘行さんの本を古本屋で手にして買ってみたんですが、人付き合いについて書かれた一文がありました。



『もし「本当の俺」みたいなものを見せたいのであれば、 そういう自分を相手に見せなくちゃいけないんです。 大事なのは、「自分をどう見せたいのか?」ってこと。』

※有吉弘行 【嫌われない毒舌のすすめ】より



『人に理解されることはそもそも不可能である』と気付いた私は、この言葉に激しく同意するわけです。


理解して欲しければ見てほしい自分を自分の方から届け、伝える。


これをせずに『理解されない!本当の自分を解って!』は無理です。


だって、自分にすらよく解らない「本当の自分」なんだから。



人の心をうまく感知できる人も世の中には存在しますが、そういう人とだってある程度のコミュニケーションは必須ですよね。


もし自分を理解して欲しいのならば、理解して欲しい自分を表現しないといけないんです。


こういう事が楽しい、こういう言い方は嫌、私はこういう考え方etc…。